亜久里氏、フォーミュラE参戦「F1に負けぬバトル」
日本経済新聞webから
電気自動車のF1(フォーミュラ1)といわれる「フォーミュラE」には、どんな魅力があるのだろうか。記念すべき開幕戦が13日に北京で開催され、初レースの王者にはルーカス・ディ・グラッシ(アウディ・スポーツABT)が輝いた。
このレースにはかつてF1で活躍した鈴木亜久里氏が率いる「アムリン・アグリ」も参戦。元F1ドライバーの佐藤琢磨が乗ったマシンは無念のリタイアとなったが、途中の周回で全車の最速ラップをたたき出した。
亜久里氏に開幕戦の感想、フォーミュラEの持つ可能性などについて聞いた。
激しいバトル多発「面白かったのでは」「見ている人にとってはF1よりも面白かったんじゃないの。実際、インターネットのコメントなどを見ても、そういった声が多数寄せられている。否定的な意見はほとんどないね」。
帰国した亜久里氏に開幕戦を振り返ってもらうと、笑顔でそんな言葉が返ってきた。
電動で走るマシンのスピードは、F1マシンにはもちろん及ばない。
平均時速200キロを楽に超えるF1マシンに対して、北京大会決勝で走ったフォーミュラEのマシンは120キロ程度。
F1マシンの魅力の一つともなっているエンジン音もなく、モータースポーツのファンにとって「少し物足りないのでは」と懸念する声もあった。
だが、亜久里氏が「面白かった」と言えるだけの内容が開幕戦には確かにあった。
それはレース中、いたるところで繰り広げられた激しいバトルだ。
最終ラップでトップを走っていたニコラス・プロスト(eダムス・ルノー)と2位ニック・ハイドフェルド(ヴェンチュリー)のマシンが激しいバトルの末に接触してクラッシュ。
両車ともリタイアとなって、それまで3位だったグラッシが優勝するというドラマまで生まれた。
「やっぱりモータースポーツの最大の魅力はバトルだよ。そのことを開幕戦を見ていて改めて感じたね。最高スピードがどうの、エンジン音がどうのと言っている人はいたけれど、激しいバトルがたくさんあったので、お客さんも盛り上がった」
亜久里氏がいうには、最近のF1は抜きつ抜かれつのバトルシーンがめっきり少なくなっている。
予選でポールポジションを獲得した車が、そのまま決勝で逃げ切って優勝するレースも多い。
実際、今季これまでのF1をみても、13戦中6戦がポールポジションを取った車がそのまま制するポールトゥーウィンだった。
もっとも開幕戦が始まる前は、フォーミュラEも比較的おとなしいレースになるのではないかと予想されていた。
電動マシンのバッテリーでは1時間にわたるレースを走りきることはできない。
ドライバーはエネルギーをどう保たせるかに頭を使い、耐久レースに近い展開になると思われていたからだ。
ファンブーストなど独特ルールに面白さだが、こうした事前の見方を覆すように各車が激しいバトルを繰り広げた。
「(レース序盤でクラッシュした車があり)セーフティーカーが入ってペースダウンしたため、どの車もエネルギーをそれだけセーブできたという側面もあったが、どのドライバーも熱くなっていた。これほどのバトルが起きるとは、いい意味で予想外。開幕戦は大成功だったんじゃないの」と亜久里氏は振り返る。
フォーミュラEならではのシーンも見られた。
バッテリーが持たないため、ドライバーはレース途中でピットインして車自体を乗り換える。
そして事前のファン投票で上位となった3人のドライバーに与えられる「ファンブースト」(レース中に1回だけ5秒間、車のパワーを150kwから180kwにアップする権利が与えられる)だ。
「車を乗り換えるというシーンは近い将来、走行中に充電できるシステムが開発されればなくなるだろうが、ファンブーストといった独特のルールなど発想自体が面白いよね。いい面も悪い面もあるだろうから、今後もルールは変わっていくと思うよ」と亜久里氏はいう。
最高ラップをマーク、今後に手応え「トラブルの原因? まだ詳しく聞いていないのでよく分からないが、おそらく電気系統だと思うよ。次戦までにはしっかり原因を追究して対応していきたい」と話す。
それでも、リタイア直前の21周目には1分45秒101という全車の最速ラップをマークしたことで、今後へ向けて「何とかなりそうだという手応えもつかめた」と亜久里氏。
佐藤との契約は開幕戦だけだが、「やっていて楽しかった。もちろん、またいつか一緒にやりたいという気持ちはある」と語り、今後もコンビを組むことがあるかもしれない。
さて、そもそもどうして亜久里氏はフォーミュラEに参戦しようと思ったのか。
「新しいカテゴリーのレースだったし、挑戦できるという魅力を感じたから。でも、一番大きなポイントは(かつてF1で一緒に戦った)『スーパーアグリ』のメンバーが、また一緒にやろうと熱心に誘ってくれたのが理由かな」
「もっと速く」マシンに大きな潜在力そしてフォーミュラEの未来について次のように語る。
「近い将来、電気自動車の時代が必ず来る。トヨタが世界初の量産型ハイブリッド車であるプリウスを1997年に発売してから17年たち、今では街中をこれだけハイブリッド車が走るようになった。同じように、これから15~20年たったら、電気自動車や燃料電池車が街中にあふれているのではないか。『そういえば、昔はガソリンを燃料にして走っていたなあ』と懐かしく振り返る時代が来るはずだ」
「フォーミュラEはまだ生まれたての赤ちゃんだけれども、今回の開幕戦で世界の注目を集めることができたはず。今後、マシンのスピードはもっともっと速くなるだろうし、走行距離も伸びるはず。そういった意味では大きなポテンシャルを秘めている。おそらく、F1のマシンも将来こうした電気自動車になるだろう。長い目で見守ってほしい」
アイルトン・セナの甥(おい)のブルーノ・セナ(マヒンドラ)やアラン・プロストの息子のニコラス・プロストも参戦。
かつてのF1の名ドライバーの親族が、フォーミュラEのマシンを操るのもファンの関心を高める理由の一つになっている。
日本企業もスポンサーにとアピール本格的に始まったフォーミュラEシリーズ。
とはいえ、「僕はチームの中で肩身が狭いよ」と亜久里氏は苦笑交じりに話す。
「日本のチームなのに日本のスポンサーが1社もないんだから」。
メーンスポンサーのアムリンは英国の保険会社だ。
開幕戦の成功で、日本の自動車メーカーも目を向けるだろうか。
「どうかなあ。日本の自動車メーカーがどう思っているかは分からない。でも、アウディとルノーはすでに参戦していて、BMWも近い将来入ってくるのではないかといわれている。そうなったら、日本の自動車メーカーも興味を持つかもしれない」と亜久里氏。
組む可能性があるのは何も自動車メーカーだけとは限らない。
「電動マシンなので、電機メーカーでもいいし、電池メーカーでもコンピューターの制御会社でもいい。環境に優しいマシンなので、こうした問題に熱心な企業でもいい」とアピールする。
「いつの日か日本でも開催できれば」フォーミュラEの最初のシリーズは来年6月までの全10戦。
米国、英国など世界各地を転戦するが、日本でのレースはない。
「近い将来、日本でもやってほしい。そして、日本のファンにもフォーミュラEの魅力に触れてほしい」と亜久里氏は熱望する。
フォーミュラEは排ガスも騒音もないため、サーキットではなく公道を使ってレースができる。
実際、開幕戦の北京は五輪のメーンスタジアムだった「鳥の巣」の周りに特設された市街地コースで行われた。
「公道を1日閉鎖するだけでできる。いろいろな規制があって難しいかもしれないが、いつの日かできるといい」と夢を語る。
電動マシンはどんどん進化する。
近未来カーが日本のファンの目の前でバトルを繰り広げる日が来るのだろうか。
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